ブログ「宿主のひとりごと」

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2026/04/28 宿主のひとりごと 令和8年4月 new

 先日ラジオを聴いていたところ、スイスの映画館では本編終了と同時に場内が明
るくなり、エンドロールはほとんど見えなくなるという話が紹介されていました。
見るか見ないかという選択肢がないほど明るくなるのだそうです。
作品が終われば一区切りとして、すぐ退場する文化なのかもしれません。日本では
比較的最後まで座っている人も多い印象がありますが、こうした違いにはお国柄が
表れていて興味深く感じます。

ふと最近、映画館に足を運んでいないことに気が付きました。以前は気になる作品
があれば自然と出かけていたのに、いつの間にか映画館という場所が少し遠い存在
になっていたようです。

そんなことを思いながら、映画館で本編終了後にエンドロールを最後まで見るか、
すぐ席を立つかという場面を考えてみたとき、私はどちらかというとすぐ席を立つ
方です。すぐ立って良いのか、それともしっかりとエンドロールを見て、流れる音
楽に耳を傾けるべきなのか、よく分かりません。たまに自分の意思とは関係なく、
通路までの間で立つ人がいないため、立てない場合もあります。

多分、エンドロールを最後まで見る人は、作品の余韻を大切にする人なのでしょ
う。流れる音楽を聴きながら物語を振り返り、心に残った場面を思い返す時間は、
本編の続きとも言えます。また、画面に並ぶ多くの名前には、俳優だけでなく、撮
影、美術、照明、衣装、音響など、作品を支えた人々の努力が刻まれています。
撮影協力という形で、有名な旅館やレストランなどの名前を目にすることもありま
す。それらを眺める時間まで味わうのも、映画館ならではの楽しみです。

一方で、本編が終わればすぐ席を立つ人にも、もちろん理由があります。混雑を避
けたい、次の予定がある、余韻は自分の中で十分に味わったという考え方も自然な
ものです。どちらが正しいというのではなく、その人なりの映画との付き合い方な
のでしょう。

映画館に行かなくなった今だからこそ、大きなスクリーンで知らない人たちと同じ
時間を共有し、暗闇の中で物語に没頭するあの感覚は特別だったのだと思います。
エンドロールの時間さえ含めて、映画館という場所には自宅鑑賞にはない豊かさが
あります。
久しぶりに、一本の映画を観に出かけてみたくなっている今日この頃です。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

有馬館
館主 須藤 信晴